映画で描く家族・家

素朴な美しい村や、田園の瀟洒なコテージ、郊外の大学都市……人生の中心には、想い出深いスタート地点である家や家族がある。
映画で描かれる魅力的なシーンには、監督の魂の叫びが宿る。髙野悦子の家は、ミニシアター「岩波ホール」であったであろう。髙野は、映画を求めて世界中を駆け巡った。ホールは映画の地球儀として、世界の映画を集め続け、観客を魅了したのである。彼女は人生を映画にかけた。還暦のお祝いには、スタッフの計らいから「シネマ君」との結婚式をあげる。彼女が生涯を通して育んだ家・岩波ホールは、世界各地の家族の物語を描き、ホール開きの野上彌生子さんの講演で語られた「この小さなホールを、可愛いくて小さいが、どこにもないような独特の花園に育てあげてもらいたい」という言葉を実現したのである。

木靴の樹  1978  TREE WITH THE WOODEN CLOGS
監督・脚本・撮影/エルマンノ・オルミ

エルマンノ・オルミ監督(1931〜)は、北イタリアのベルガモ出身。工場勤めのかたわら、映画グループで産業記録映画を無数に作り、1959年に、イタリアの農村では耕地をはじめ、住居、畜舎、農具の一切が地主の所有物であり、立木一本切ることもままならなかった。オルミは、子どもの頃聞かされた祖父母の生きた世界を、この作品で再現している。イタリアで記録的な大ヒットとなり、岩波ホールでも、9週間連日満員のうちに上映された。

三人姉妹  1988  THREE SISTERS
監督/マルガレーテ・フォン・トロッタ

女性であることの苦悩と希望を、独自の視点でとらえ続けてきたマルガレーテ・フォン・トロッタ監督が、チェーホフの『三人姉妹』を現代の家庭劇に置き換え、見事な作品を作り上げた。映画の原題「恐れと愛」は今世紀初頭の詩人、マリー・ルイーズ・カシュニッツの詩による。現代のイタリアに甦った美しい三人姉妹を演じるのは、長女ヴェリア役に「隣の女」のファニー・アルダン、次女マリア役にグレタ・スカッキ、三女サンドラ役にヴァレリア・ゴリーノで、フランス、イギリス、イタリアと出身国の違いはあるが、息の合ったすばらしいコンビネーションを見せている。

ローザ・ルクセンブルク  1986  ROSA LUXEMBURG
監督・脚本/マルガレーテ・フォン・トロッタ

ローザ・ルクセンブルク(1870〜1919)は、その聴衆を惹きつけてやまない情熱的な演説で知られる革命家である。第一次世界大戦後、軍国主義が台頭してきた時代に、ローザは一貫して大衆による革命と反戦を唱え、そのため何度も投獄され、ベルリンで右翼軍人に捕えられ、虐殺された。マルガレーテ・フォン・トロッタ監督がこの映画で意図したのは、歴史映画を作るのではなく、ローザの真の人物像とを描くことであった。トロッタ監督は、ニュージャーマンシネマを代表する女性監督の一人である。女優としてデビューしたのち監督として製作活動を行う。

おばあちゃんの家  2002  THE WAY HOME・・・
監督・脚本/イ・ジョンヒャン

山村の祖母の家でひと夏を過ごすことになった都会育ちのわがままな少年と彼を温かく、辛抱強く見守る祖母の愛情を描いたこの作品は、韓国内の観客動員数四百万人を超える大ヒットとなった。監督のイ・ジョンヒャンは、1964年ソウル生まれ。脚本も兼ねたデビュー作「美術館の隣の動物園」(1998)は、韓国国内だけでなく海外でも数々の賞を受賞し、高く評価された。ソガン大学で仏文学を学んだのち、国立の映画専門学校である韓国の映画アカデミーの四期生として学んだイ監督は、韓国ではまだ数少ない女性映画監督の一人である。

八月の鯨  1987  THE WHALES OF AUGUST
監督/リンゼイ・アンダーソン

リリアン・ギッシュ90歳、ベティ・デイヴィス79歳、ヴィンセント・プライス76歳、アン・サザーン78歳、ハリー・ケリー・ジュニア66歳、いずれもハリウッド映画のそれぞれの分野で、一流の人生の年輪を重ねた名優たちである。リリアン・ギッシュは、無声映画時代の巨匠D・W・グリフィス監督の数々の名作に主演、その可憐な姿は世界中の映画ファンの心を魅了した。ベティ・デイヴィスは、ハリウッドの黄金時代を代表する大女優である。意志の強い悪女役を演じ続け、この作品は100本目の出演作になる。リンゼイ・アンダーソンはイギリス映画を代表する監督で、「孤独の報酬」(1962年)、「if もしも……」(1968年)などで知られている。

木洩れ日の家で  2007  PORA UMIERAC
監督・脚本/ドロタ・ケンジェジャフスカ

ワルシャワ郊外の森、木洩れ日に一面のガラス窓が輝く古い屋敷に暮らす91歳のアニエラと愛犬フィラデルフィアの物語である。主人公のアニエラを演じるダヌタ・シャフラルスカは、主人公と同じく撮影時91歳であった。1927年に初舞台を踏み、第二次世界大戦後初のポーランド長編映画「禁じられた歌」に出演するなど。その芸歴は83年に及び、95歳になる今も舞台で現役を続けているポーランドの伝説的女優である。印象的なのは、愛犬フィラデルフィアのとのやり取りは絶妙で、ポーランド映画祭の特別賞を受賞した。

1974年 川喜多かしことスタートさせたエキプ・ド・シネマは、四つの目標が掲げられた。

一.日本では上映されることのない第三世界の名作の紹介
二.欧米の映画であっても、大手興行会社が取り上げない名作の上映
三.映画史上の名作であっても、何らかの理由で上映されなかったもの、またカットされ不完全なかたちで上映されたものの完成版の紹介
四.日本映画の名作を世に出す手伝い

この目標で集められた映画は、世界に共通する家・家族というテーマが多く、人間そのものの生き様が描かれている。