1968年2月9日に開場した岩波ホールは、当初演劇・講演会・音楽会・映画上映などの多目的ホールとして計画された。席数は232席(現在は220席)と決して広い劇場ではなかったが、入居している岩波不動産ビルの設計コンセプトと重なるように、上質の文化を展開するホールとしてスタートした。当初からの支配人の髙野悦子氏は生涯そのことにこだわり続けた。
ホール開きの講演で、野上彌生子氏はそれを、利休が設計した現存する唯一の茶室といわれる京都大山崎の妙喜庵に例えている。むしろ、広い空間では創り出し得ない濃密な空間という表現はこのホールの特性や可能性を的確にとらえていて妙である。上演される内容も実験的要素が多かったが、時代を切り開いて新しい価値観・感性を定着させていったこの劇場空間は髙野悦子の感性と価値観そのものといえる。同時に、それを実行に移してきた彼女の精神力とエネルギーは称賛の域をはるかに超えたものといわざるを得ない。
当時の設計図によると、床は天然素材のリノリュームタイル、壁は木製格子で時流に流されない飽きのこない内装となっている。映写室も広く設備的にも当時のトップクラスであった。また、劇場ホワイエに面して外部テラスがしつらえられ、ここでサロンパーティーがよく行われた。羽田澄子氏をはじめ、この劇場から世界へ羽ばたいていった人々は多い。
村越襄氏のデザインによる岩波ホールのシンボルマーク。Iwanami Hall のイニシャルiという文字をテーマに、iの太い直線の部分は花道のイメージ、iの点はホール内部の7角型を表現している。そして岩波ホールのシンボルiが、大きな「愛」に育つよう願いが込められている。
岩波ホール開場プログラム(1968年2月9日) | |||
1: | 講演:野上彌生子氏 | ||
2: | 朗読:山本安英氏「夢十話」 第六夜運慶 夏目漱石、 「短歌」 石川啄木 | ||
3: | 舞囃子:近藤乾三氏「鶴亀、岩船」 | ||
4: | 講演:大内兵衛氏 | ||
岩波ホールにて開催された催し |
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5: | 講座・狂言:野村万蔵氏(左)、万作氏(右) | ||
6: | ゲヴァントハウス弦楽四重奏団 | ||
7: | 講座・狂言座談会 左より武智鉄二氏、木下順二氏、飯澤匡氏、増田正造氏 |